【いっそ皆でこの村を捨ててしまえば私たちの罪は洗い流せるのだろうか】廃村少女~妖し惑ひの籠の郷~【感想】

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梓→つばめ→由良々→愛香→澪→エマ→朱里→籠女→IF
という順番でプレイしました。
今回は「廃村少女~妖し惑ひの籠の郷~」を、次に「if」をプレイしていきたい所存。もしこの村から脱出することができなかったらというルートの方はまだ別の記事で書こうかなと思っています。
プレイ時間は、既読テキストをスキップしたのも含めて19時間程度、スキップをしなかった場合は24時間ぐらいかかるのでそこそこのボリュームだ。と言っても御覧の通りGWの連休中にプレイしたので正確のところは分からない。
パッケージの折り返しの部分にも書かれていた、「ようやく来てくださったのですね」の一言から物語は始まる。
BGMが良い味を出しているな。なんだか、『新世界より』の陰の伝承者を思い出す。
そこで屹立した勃起のブツとマンホールを携えた少女、籠女がいた。エロゲーではそうなるよねというシーンの性交後、薄れつつある一樹の意識で辛うじて
「逃げられない」
と籠女が洩らしていたのが聞こえたのだった……。
CLOCKUPだったらもっと過激になるかもしれないと思ったのですが、今回の舞台は男が1人だけという設定からくるものだけだったのかもしれません。過去には、男の人が女の人を半ば強引に淫行をするシーンが挿入されていたということもあり、その考えは確実のものとなった。Endでは、8人ものマンホールを自分の勃起した性器で突くシーンもあったし、何より、男の人が一樹1人だけだったというのも大きいだろう。
シス△キャンでもあったよな、この酒池肉林というかこの光景。ただあの時とは違うところは、僕の所持しているオ⚪︎ホが6本から5本になった。それだけなんだが、オ⚪︎ホというのは消耗品であるのでちゃんと信長書店に置いてある黒い箱に捨てないといけませんからね。
蛇を祀る神社があったが、阿形と吽形の中でも阿形しかないところからも廃村っぷりが手に取るように分かる。
その廃村では「法なる物」は存在しておらず、神や仏の存在は人の存在あってこそ語り継がれるものであり、人が存在しなかったら信仰も生まれないということを身に沁みて分かった。寂しいからこそ、村に偶然か、あるいは必然的に訪れた人をかどわかす。寂しいからこの村にずっと居続けてほしいと願う。健康な男の人が最も見たしたい欲望は性欲であろうから、その欲を満たすように仕向けたのは「村の意志」なんだろう。
村の人々と籠女が願う「村の繁栄」とは形は違えど同じところに向かっていた。
だが、何百何千年と姫香山を治めていた神と生きても百年ほどの村民とでは時間に対する考えが違っていたみたい。
村民は「自分たちのため」に繁栄しようとするのに対し、神は長期的に村を繁栄させようとしていた。
「村を拡張させてはならない」とする掟から逃れようとする考え方は人間的でもあるし、いついかなる時をとっても繁栄しないといけないから、人間と神は分かち合えるものではないのかなと思った。
八雲一樹
彼は、家や学校の様子を述懐する場面で、常に周囲の人の顔色を窺い意見を変える性格だったみたい。
よく言えば八方美人。
だが、村の意志はその性格を悪用し、淫欲の限りを尽くすように仕向けた。
村の意志が考える男の黒い欲望にすっかり飲まれそうになるが……。
八雲 梓
彼女は、実の兄妹ではない。梓は両親を事故で亡くし、生前の縁もあって八雲家に引き取られたようである。幼かった一樹と梓は、なんだか既視感を覚える風景が広がる田園に行き、風鈴の音を聞いた。
「チリン」
と。なぜか梓は鈴をもう一つ持っていた。それによっての因果か「村の意志」を受け継ぎ、姫香村に留まり続けたいと願うが、紆余曲折ありEndでは本当の意味での兄妹になれたようだった。
これは全ルート共通のことなのだが、姫香村の興隆滅亡に至る迄のストーリーを読み解くと、そこにはかつては活き活きとした人々暮らしがあり、その暮らしがいつどうなって今のように廃村になったのかについて、深く掘り下げられており、感慨深く感じた。
声は一番好み。
未通子(おぼこ)みたいで守ってやりたくなる。
耳の辺りがくすぐったくなるような声。
烏野 つばめと古戸 由良々
彼女達は一緒に行動しているが、行動理念は全然違う。
つばめの考え方は
結局、みんなは自分が大事であり、次に他人
という考え方をしている。一方で由良々は
他人に尽くすことも1つの幸せ
という考え方をしていた。
つばめは、由良々に対して、いざというときには強い芯の通った人でもあるし、非常時にでも適応していくことに羨望のまなざしを向けていた。
一方で由良々は、つばめに言葉では巧く表現できないけれど、すごい人だ、と評していた。
互いを思いやる一方で、意見が食い違うときもある。
それが本当の親友であるし、絆の象徴みたいなものであった。
また由良々は、江戸時代の遊女の教育事例を基に姫香村での遊女に対する教育体制について疑問を投げかけた。
何事もそつなくこなす江戸時代の遊女たちはお客さんを選ぶ権利があったのに対し、姫香村の遊女は選ぶ権利もなかった。まるで、生贄のように。
この洞察は言い得て妙…っていうかほぼ当たっている?
籠女は、自己犠牲に明け暮れる仲間たちをみて、自己犠牲とは人間の性なのかもしれませんと言った。村の繁栄も故人が犠牲になって初めて成り立つのだが、それは余裕があるときの話であり、存亡の危機に苛まれたときには果たしてどうなるか。
人柱を立てたにも拘わらず、村の意識が一樹が暮らしている学校へと侵食してくる。自己犠牲も時には災いをもたらすということなのだろうか。
廃村少女は人を攫う。妖し惑ひの籠の郷。
廃村には決して近づくな
と一樹はスレッドに書いて、姫香村のことは金輪際忘れようと努めた……。
楪 愛香と刑部 澪
彼女達はどこか、競い合っているような節も見られたが、命を賭して闘っているわけでもなく、ただなんとなく引け目みたいな雰囲気を持っていたようであり、お互いに意識していた。周りの人に喧嘩をしているのかと思わせるが、本人はいたって普通に接していたようでもある。故に一樹が介入するまでもなく、事態は収束していた。
お互いに信用し切っているからこそ垣間見えるその友情に感服する思いだった。
甘いだけのことを言う人に仲間が集うわけではない。
甘さだけが人生だけではなく、ときには厳しいことを言ってくれる人も大事なのだろう。
楪先輩が一番昂奮した!
エマ・A・薬師院
彼女は、実家が医者ということもあり医学に精通しており、その分野にかけては一歩先んじている。
村の人たちは、ヒメヨシアヤメという謎に満ちた薬草を服用することで、元気になるという事実を解明したらしかった。また湖の祠では「誰一人かけることがないよう村から脱出をする」という一樹の願いは風雨によりかき消されたと匂わせるので、おそらくこれは誰かを犠牲にしないと叶わないんだろうなと思った。
加賀美 朱理
彼女は、曾祖父(朱之介)の記述を基に、古文書を解読した。ヒメヨシサマは、巫女との繋がりの中で神事に深く携わっていた「役」だった。巫女は神事に御呼ばれするヒメヨシサマあっての存在
朱鷺子(ときこ)の手記によって姫香村の興隆滅亡のあらましを伝えている。意外なことはあんまりなかったが穢れの儀式では歪んだ結果になりつつもこうするしかなかったんだよなと思った。その村では確かに因習にとらわれて生活をしていたが、その環境でも笑顔を絶やさないで上手く洗脳されて過ごしている人たちもいるということを知ったときに言葉にできなかった。

きひ………善哉

と言って、籠女は封印されていった。
籠女
籠女の第一印象は謎に満ちた、いけ好かない女性と思った。蠱惑的に一樹を誘惑し、性を意識するのに充分すぎた。
初めに会った瞬間から彼女は全裸であり、怒張に満ちている男のブツを欲しがっているように見えたのは気のせいではないはず。それがなお一層のこと、サキュバス的なものを匂わせた。

彼女の記憶は朧気であったが、おそらくその記憶が蘇ったときに村の本当の興隆滅亡の真意が分かる気がした。

忘れていた記憶を徐々に思い出し、一抹の希望が見えてきた気がする。
人に鬼女と貶められていたとしても、人を護り続けなければいけないという義務を感じたし、それを知って人が持つ欲の強さに悲しくもあった。

ずっと……貴方をお待ちしていました
この言葉がすべてを物語っている気がする。
もう一度記憶を消して楽しみたいと思えるエロゲだった。

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