【鬱っぽいけどプレイ】僕は天使じゃないよ 【百合乃】

130cmエロゲ
ブランドは130cmから発売されたらしいのですが、紛らわしいので「E – 13cm」のままでやります。
「ぜんりゃく。
しんせつなおじさまへ」
から物語はスタートする。
どうやら百合乃は喘息だったが、おじさまのロザリオ園に寄付してくれたお金で薬を購入したり医師に診せることができ、とても感謝していたようだ。
劇の台本でも読んでいるかのようだ。たとえば、市蔵、どこかから朝帰りをしてくる、という様な文が特徴的だ。
一般的には、「市蔵はどこかから朝帰りをしてきた」が妥当なんだろう。
盲目の小梅は憎き市蔵の親父の家から飛び出したときに連れてきた子だそう。
盲目にはみえないけど。
マスカレヱド。
多分そこが貴族御用達のSMクラブなんだろう。
柘榴や翠子と会った市蔵はマスカレヱドの存亡が危ういと翠子から言われる。
そこで、そのオーナーになれるように投資すると持ち掛けた翠子。

OPはサスペンス映画で使われるような疾走感のある音楽と懐古風SMノベルと書いてあった。
どうやら「おじさま」に救われた少女は丘 百合乃と言い、ロザリオ園のシスターのようであり、彼女は市蔵に手紙を出していたようである。
彼女は、クリスマスパーティーに市蔵を誘う。
ロザリオ園とマスカレヱドのどちらに行くかを選ぶところでは、ロザリオ園を選んだ。
妄想検定準一級レベルの妄想をして、百合乃編に入る。
自らの性癖を明かし、自分には近づかない方が良かろうと手紙をしたためた。だが、百合乃は満更でもない様子(というか自分から虐げてほしいと懇願)だった。この妄想が実は本当になる日も近い…のか…?
気になった部分は
私はみんなが思うような人間でもなく、市蔵さんと同じような人間である
と告白するシーンだろう。シスターと言えども人間ですから、そりゃ、自慰に耽ることもあるよね?ね?うん。
市蔵は、浮浪者に身を拘束され身動きができない状況の中、百合乃は輪姦された。
衰弱し、か細い身体が痛々しかった。
神でも天使でもなく、存在しているのは生身の人間である。
そういうことを楽しめた今回は、市蔵と百合乃が共依存関係に陥ることが示唆されていた。
十字架を背負い続けた少女、その清廉潔白が罪なのだろうか。
いや、多分そういうわけではなく、彼女がキリスト教のシスターに就いているということを念頭に置くと分かりやすいのではないか。
シスターは神を信仰しないことについて、あり得ないと言える。信仰していくうえで待ち受ける試練に打ち勝つ。信仰を邪魔する出来事に出くわしたとき、これには何らかの理由があるのではないかと思い、ますます、信仰を篤くしていくのである。
さらに信仰していくことでさらに試練を乗り越える、まさに無限のスパイラル。
シスターにとってこれほどの幸福は無いのだろう。なぜなら、本作でのシスターは市蔵を曲がりなりにも救うことは出来ているからだ。
だから、シスターにとって、試練を受けることは耐えられないことではなく、むしろ誇るべきなのではないかと思った。
7章では
お金に困っているらしいロザリオ園と鷹臣のシーンで始まる。。
鷹臣はロザリオ園に融資しているらしいが、父親が決めたことであるようなので、父親が亡き今となっては不服であった。
市蔵は寄付をしていたようだが、それはおそらく少額で鷹臣の融資と大きな差があるんだろうなと思った。
神か…
神にはなれないが、その心を支えるパートナーになら,なってあげられるよ。
信仰を半ば強制的に奪われた百合乃は人にすがるしかなく、その対象が市蔵となるのは至極当然の流れだった。
だが、それとともに精神が幼児退行するのも当然のように、幼児化した声がこれまで耳にした百合乃の声とは違い、少女の声が少し薄気味悪かったし、人間の変わり具合にも驚愕した。

もうあなただけしかいないのです。これからも私達を導いてください、アーメンと彼女は廃教会の御前にひれ伏した。
だが、ロザリオ園に行ったところで態度は豹変。
遂に火をつける百合乃。
百合乃は別室で待機していたが、シスターと市蔵は教会の中で世話係として働くことが決まっていただけにこのルートでは特に鬱っぽくなった僕の精神が不安定になった。
彼女は、教会での態度はあんまりよくなく、他界した家族の方が申し分ないほどであった。
しかし、その家族は、震災で亡くなってしまう。どうして私だけが生き残ってしまう、家族は死んでしまったのだろうかと嘆くシーンがあった。そんな彼女の前に現れたのが市蔵だ。
市蔵は、醜悪な顔をしており、とてもじゃないが好感度は低い。
そんな様子を見る彼女は、とても優しく接してくれた(例外はある)。だが、それとは裏腹におそらく彼女は、自己犠牲の心があったのではないかと思う。
メサイアコンプレックスともいうが、彼女は被災したとき、自分以外の家族全員を失い自己肯定感や自分が自分でいても良いんだという確証がないまま大人になってしまったので、自己犠牲を振り飾って他人に尽くそうとする。
だが、それは危険な事でもある。
他人の求めていることと自分が上げたいものが一致しないとき、自分を犠牲にするあまり、何故他人は冷たい反応しかしないんだろうか、と思うこともあったりと、自分の人生を歩んでいけないと思うからだ。
当の本人はあまりそれを異に返さないようで、むしろ醜悪な姿を見て恍惚な表情を浮かべつつ、もっとわたしめを罰してくださいと言うことは必然的と言える。
いうなれば、市蔵は百合乃にとっての神なんだろう。
神のいない俺はどこに向かえばいい?
そう考えると、神はもう死んでいなくなってしまったので、市蔵は途方に暮れ彷徨い続けるというEndか……。

コメント

タイトルとURLをコピーしました