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鬱ゲーとよく言われる「さよ教」。
僕にとっては鬱ゲーというより陰鬱さを醸し出し、愛着障害や家庭不和を抱えた青年が寂しさや空しい気持ちになった結果、様々な妄想に耽った。
ついに妄想が破れたとき、新たな対象に依存していく物語だという気がした。妄想の対象が暴かれたときに、彼の心を想えば救いようのない物語という意味での泣きゲーと思った。そして、最後にヒロインたちが
先生!
と言うシーン。
教育実習生としての「先生」から研修医としての「先生」に妄想が変わっていく描写なのではないか。そう考えてみれば、入院患者である人見は主治医である大森さんと妄想上のヒロインたち、どちらにも縋りながらこの人生を終える(人見は自身のことを研修医だと思っている)と思うと、陰鬱と言うかなんとも後味の悪いゲームだった。
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以下、ネタバレあり
始まり
本作の主人公で有らせられる人見広介だが、教育実習に女子校にやってきた教育実習生であり、教育係の高島瀬美奈や保健室として勤務している保健医の大森となえの力を借りて邁進していくんだろう…と思った。純白な天使が漆黒の怪物に襲われるという悪夢を見る。となえさんに相談していくところから本作の嚆矢。
もう、毎日毎日、同じことの繰り返しで
この言葉は「日常」に飽いている男が言ったのだが、実は、これとほぼ同じことを言っているシーンがある。どこのシーンでなのかは割愛するが
もう何日になるのかな。同じ日常の繰り返しで参っちゃいますよ。
と言っていたシーンだ。「病院」で覆いつくされた日々に飽き飽きとしていくような男の姿が描かれている。

思えば随分と長い間、ここでこの作業をやっているのだ、と広介は言っていたが、その妄想はとなえに打ち明ける随分前から教育実習に来ていると思い込んいて、さも当然かのように教育実習をしていて、教育実習が辛い、と言っていたと私は思った。
上の写真あたりのシーンで初めて口にしたんだろう。なぜなら「教育実習が辛いんです」と言われたとなえの驚いたような声が全てを物語っている。初めて聞いたかのように思ったが、おそらくそれは人見がたった今、作り上げてきた想像上の産物なのだろう。
広介はとなえの声を詰問調のように感じた。だが、実際には聞いてみると、詰問調には感じられない、むしろ穏やかで優しい、母親のような無償の愛に満ち溢れた雰囲気の漂う声だった。
生真面目すぎて融通の利かない性格の広介は強迫観念にも囚われていたような節もあり、なかなか両親から受けた影響は計り知れないのかもと感じた。そして、図書館を見つけた広介は、そこで本を借りるというのはどうだろう、と思案する。後日、睦月(妄想)と性交してみたり、御幸(資料室の標本)を屋外に放り出したままそのまま図書館から出てきたり奇行蛮行は目立つ。

いつからこうしているのあろう?
いつまでこうしているのだろう?
いつまでこうして….いられるのだろう?
の意味がよく分からなったが、攻略して合点した。これは、あまりにもつらい現実の世界からの脱却をしたくなっていた。そこで出てきた言葉がこれなんだと思う。
1日の終わりに日誌を書くように言われている、というようなことを言っていた広介。瀬美奈はこれを、となえに提出し彼女がそれを見て今後のことについて判断する。みたいなことを言っていたが、入院治療のために用いられる入院計画か生活改善のノートの類だと思われる。
「教育実習」の終わりに日誌を書いて教育係である高島瀬美奈に提出する。この一連の流れに摩訶不思議な部分は、とにかくなかった。断じてなかった。
何日目だったのかは失念してしまったが、簡易印刷で「生徒」用にコピーを取っている、この時期の人見にはそう映っていた。瀬美奈に対し、広介が大変そうですね、と言ったところ
あなたのでしょ!手伝って頂戴!
と言われたが、ロッカーに入れる衣類、風呂用具なんだろうなと思った。

これは、入院生活のために瀬美奈が持ってきた衣類である。衣服とかも含まれるのだから、専らそれは風呂用とか着替え用。
入院期間が長いこともこのシーンでおおよそ予想がつく。
というのは、入院期間が短いと衣類は患者が持ってきた衣類で十分に賄えることが多く、賄えなかったとしても借りるなりで、多少の融通は効くと思うので、1ヶ月は入院していると考えた。
随分と長い間
とあり、1年かそれ以上もの期間、入院しているとも考えられた。
教室の本当の場所
このゲームをしていく上で登場する回りくどい文章と言うのがある。
例えば
教室….そう、教室だ。僕は自分が毎日授業を見学している教室に向かって歩き始めた。
と言うシーン。自分がまるで教育実習に来ている教育実習生と思い込み教室に向かっているという描写がある。
また、以下のように、睦月を特別視するかのような描写がある。

この2つに共通しているのが、僕が創造した教室、という空間。この教室の正体についての私が思ったことは条件があり
- 黒板に匹敵するなにかがあること
- 机と椅子が縦横無尽に乱立していること
があるが、この2つを満たしているのは病棟内のリハビリ施設、特に、レクリエーション療法や作業療法をする部屋なんだろう。
ここを睦月の病室だと思った人もいるかと思うが
私ここにいてもいいですか?
ここから見る風景が一番好きなんです。
帰ります。
などと言うシーンは睦月の病室だと解釈するには少々無理があるからだ。
職員室の本当の場所
職員室では瀬美奈さんとよく会っていた。
- 瀬美奈が頻繁に訪れる
- 職員室にしてはやけに狭い
- 休日に瀬美奈と鉢合わせになった際、どうしてこんなところにいるの!?
と問われるシーンがある。
これらの条件を考えてみると休日にはほとんど誰から見向きもされない、これは待合室だと思った。
しかし、待合室だとすると、前にも触れたが衣類を収納するロッカーに衣類を入れようとする考察をしたが、もしかしたら前提条件が間違っているのかなと思ったが、ここで語っていってもよかったのだが、それをすると、いつまでも同じところにいる風車の羽根だ、と言う感じになるのでこの辺で。
人見広介・高島瀬美奈・大森となえ
人見広介については、コンプレックスの塊である。物事を白か黒かの両極端かつ一方の方向でしか見ることのできない人物であると考えた。
今回はコンプレックスを抱いている経緯についての話。

ここで何故か国会図書館や旧帝大の図書館の話に。
それは両親に旧帝大に入学しなさい、旧帝大以下は認めませんと言われたであろうことが窺い知れる。結果的には旧帝大を狙って受験することもできずに当然のことながら入学ことすらままならない。入学できたのは二浪の末、聞いたこともないような三流大学で、そのことが学歴コンプレックスとなった。すっかり意気消沈している広介に対し、慰めてくれた姉。だが、そんな姉の態度に一番傷ついた。まるで蔑んでくる、見下してくる、馬鹿にしてくる、傲慢で驕り高ぶった性格に映るからなのだろう。
純白の天使が漆黒の怪物に襲われ食べられてしまう、そんな夢を見ている人見広介。だが、これすらも白黒思考を匂わせる。となえが夢に対して普段考えている欲望が夢の形になって表れる、と語っていたので白黒思考で埋め尽くされている人見広介をここで描いたのではないだろうか?
また、サロメを読んでいたりとウィリアム・テルのリンゴの話んど興味が引かれる話もてんこ盛りに盛られている。だが、
掘り下げると何回になり、実行力のなさを露呈していくその体系に僕は飽きはじめ、やがて興味を失った。一言で言えば、『現実逃避』。そのことはよく自覚している。だからこそ、人にオカルトマニアだと言われるのは嫌だった。
御幸ルート(8日目)には上記の様な記述があることから嵌りやすく飽きっぽい性格も露わしており、人見広介の成績不振の理由も分かってきた。人見広介は何らかの知識を習得した(もしくはしようとした)ものの、中途半端に学んでいくから、役に立たない知識ばかりが増えていって実経験では何の役にも立たない。そんなところから、勉強も捗らなくなってしまったのではないのか、と感じた。これ、よく考えたらオタクと呼ばれる人たちにも言えることなのではないかという気がする。
児童期における児童特有の残虐性、嗜虐心、嫉妬心が芽生え広介自身の心の中に留まっていた澱のような感情が解き放って、気持ちが浄化されること、を意味するカタルシスへと変貌を遂げる。
高島瀬美奈
人見広介の実の姉(義姉という表現もあるがここでは実の姉という解釈を採用したい)。実の姉という解釈は、義姉にしては面倒見がよく、瀬美奈自身もたった1人の家族と言う陳述をする部分があり、実の姉と考えた方が説明が付きやすいからだ。
高島瀬美奈は、作中の中で一番の被害者であり、無自覚だが人見広介の奇行蛮行を造り出させた張本人。だが、その無自覚というのは、上野こよりを彷彿とさせる。上野こよりルートでは、弓の的を姉に見立て打ち抜く描写があり、それも無自覚な悪意でやられたのでやり返そうという気持ちが犇々と浮かんでくるような気がしてくる。
あああぁ….あったかいよ、 さん
と言っているシーンがある。これは、高島瀬美奈の本名である。
高島さん、と言っていたのか、或いは違う名字か。「人見」と「高島」名字が異なる理由は、次の1か2の内どちらかにあると思われる。
- 姉は結婚していた
- 姉と血がつながっていると思いたくないから、違う名字を自分の中で想像した
の2つがあると考えた。若しくは2つとも考えられる。
となえの
瀬美奈、あんたもう用は済んだよね。帰った帰った
と追い払うかのように言うシーンもあるが、ここで、○○瀬美奈は確定である。瀬美奈は彼女自身に彼氏はいると断言したが結婚しているとは言っていない。だとすれば、彼氏はいるけれど、弟(広介)のことは、もう2度と過ちを繰り返さない、という責任感、瀬美奈だけしか広介の見回りを世話をするべき人がいない。だから世話をしないといけない、という義務感など、様々な思いでそこに立っている姉である。だが、下図でもあるように広介からは嫌われていた……

あと、もうこの辺になってくると現実と妄想の世界どちらで起こっている出来事なのかを人見広介が認知できなかったということは想像に難くない。とそう考えるとこれは自分の病室で想像しながらオナニーに勤しむ人見広介の姿がそこにはあったんだろうね。前にも書いたと思うが、おっぱいに滴る汗が妖艶……艶らしい……
大森となえ
大森となえは、人見広介を現実の世界に引き戻そうと先を急ぐあまり彼を完全にあっち側(=戻れない妄想の領域か、拘束具と共に過ごす。どちらもエンディングであった)に追いやってしまった張本人。
保健室にいる保健医だと思い込んでいた広介。彼の中には保健室=綺麗=純白=となえというイメージが浮かび上がってくるのだろう…
だが実際には「タバコ」を吸うために足繁く通っていた保健室は大森となえの研究室であり、保健医だと思っていたとなえさんは精神科医で彼の主治医であった。今ほど厳しく言われていなかったので、その中で「タバコ」を吸うことができたっていうことだ。ここで1つ疑問が生じる。ここに来て「タバコ」を吸うと言っているが、吸う行為は果たして許されているのだろうか?これは大森さんのこの言葉を参考にして考えていきたい。

今日も、もうじき来ると思うけど….あのコ、毎日ここに、煙草吸いに来てるつもりなんだよね。
「つもり」ということは、タバコを吸っていないことになる。自分の納得がいかないことを辻褄合わせでタバコを吸いに来ているつもりなのだと懐柔するとなえ。これはその通りなのだろう。妄想の世界で睦月以外で唯一の救いとなった保健室ではタバコの煙で靄がかかっており、一枚紗がかかったような違和感がある。現実遊離感が激しく知覚が安定しない。とすると、「タバコ」とは一体何であろうか?電子タバコもない時代、代用となるものは、正直、ボールペンなどの文具、ストローという細長い棒状の何かぐらいしか思い出せない。
恐らく統合失調症患っている人見広介に元気がなさそうだからとSEXを一旦は持ちかけ断られたが、どういう経緯があったのかは知らないが最終日は人見広介とSEXをした。痛々しくて見てられないとも言っており、この辺りを口実にされたのだろう。
広介を現実の世界に引き戻してくれる、数少ない人物。
マリオジャンキー説が提唱された。

これは、従来の感想通り
マリオ=人見広介=怪物=漆黒
お姫様=睦月=天使=純白
なんだろう。
そしてどこからが本当に起きている事なのか、どこからが妄想の世界なのかが分からなくなってくるシーンが随所に見られる。
例えば、瀬美奈をトイレで犯したり、マリオジャンキー説が提唱された後も、人見はとなえにに対して「僕のせいじゃない。僕だけのせいじゃない」と自己弁護を図るようにしていたり、分裂しているシーンではどちらが本物であるかも考えた。

これは、恐らく、服を着た方が本物で服を着ていない方が妄想上の存在と言える。
懸命に人見の事を考え、もちろん他の患者の事も考えてはいるが、行動していた、その健気さに感服した。
しかしながら、気のせいだとは思うが後ろの人体模型と姿形が似ている気がする。特に左手の部位が。
高田望美
正体は、屋上に佇むカラスである。

人格形成に大いに影響を与えた両親との関係を引き合いに出し、過去のトラウマらしきものが芽生えつつあるのだろうか。
カラスとは一般的に「烏の濡れ羽色」でも知られる漆黒というイメージだろう(純白なカラスもいるそうだが)。
泡沫の漆黒の亀裂 うたかたの物語……
の漆黒だが、白黒思考の現れでもあると考えた。
高い望み
とも書くことができる。人見が抱く高望みの象徴と考えた。
高い所から孤高に下界を覗き込んでいる、そんな斜に構えた望美の姿を想像し、その姿に人見自身が憧れていたのではないか。
世界を征服するためには周りとの関係をすべて断ち、自分だけの世界の中で生きることが必要だが、僕は孤独に耐えきれなかった
という言葉もあるように人見は孤高になりたかった。しかし、孤高になり切れずに成り合いの関係を続けていったのだろう。
また、自殺や人殺しについての話も聞かされた。

特に考察することも無いだろうとか思っていたが、望美が広介の妄想であるとすれば、話が違ってくる。
話が全く関係のないところから出てきたんじゃなくて、実は彼の頭の中で繰り広げられている出来事なので、つまり、広介が常日頃からそう感じているからである。だからか、もう終わりにしよう、と語っているのも、使えない人は死ぬべきと考えていて、自分を殺すことにつながるのである。
rebirth 意味は再生。望美の望みでもあるが(ダジャレではない)、人見自身の望みでもあるという様に思えてくる。われわれは今を生きている。それは無常にも時の流れは流れていく。行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。
とでも言った方がいいのか。広介は恐らく、現実のいつまで続くのか分からない入院生活に飽き飽きして、働きにもつけないこんな自分なんて嫌だ、ということで「再生」を願ったんだろう。
高望みを止める。それで望美をどのルートを選択したとしても自殺するか死ぬかのルートしか用意されていないわけは、説明できるわけか。望美を殺すということは高望みを捨てる意味と他ならないので、妄想の世界にさよならをして現実の世界に向き合う。そのためには高望みをしてはならない、望美を殺さねばならない。ということで、どのルートを選んだとしても死んじゃうわけか。

これは、睦月ルートにおける望美の動向だが、このルートだけタバコを吸う、吸っていると思い込んでいる広介に
(タバコを)吸っても吸わなくても、先生は先生でしょ?
と言うシーンが印象的。
タバコを吸う行為=緩慢な自殺行為だと、正確には非喫煙者の人たちが漏らす言葉だが、無論、自分自身も喫煙が緩慢な自殺だと思っている。これの根拠は、喫煙を毒気を孕んだ気体の分子を吸う行為として自身を貶める行為に身を委ねているからだ。自分自身と向き合うためにはタバコは必要ないと広介は言いたそうなのだが、妄想の世界と決別するには望美はタバコがあっても無くてもどちらでも構わない、と望美は言いたいのだろうか。
父親に凌辱され、可愛そうな望美……だが、救える手は自分でつかまないといけない。
ある程度は自助の精神を持つ事の大切さ。
そういうことをこのルートからは感じ取れた。
上野こより
正体は、串刺し人形である。こより自体には鏡の様な少女でもある。
また上野こより、とは「上の子より」とも読むことができるため、人見広介の姉の瀬美奈に対して無意識に抱いている恐れや無力感を抱いているだろうと予想した。こよりと言えば女性らしい身体付きというところもある。
これは、女性に抱いている女性嫌悪、女性に対するコンプレックスを意味しているものだと思った。これが顕著に現れているのが、下図である。

怯えたような表情をしているなんて珍しいですね。
これは、常日頃から瀬美奈に対して抱いている女性嫌悪感や恐れなどの感情が敬語で話させているのではないだろうか。
また、幼いころに弓道場の見学に行きたいと思っていたが、見栄を張ってのことなのか、行けずに終わってしまったことを不意に思い出して、後悔と反復思考をしてしまう広介。そのことがあって今度は後悔はしない、とでも言うべきなんだろうか、妄想上では弓道場の女子生徒(=こよりのみの登場)と鬼気迫るような顔をしているんだと思うが性的なことや残虐なことをしている。
そのことを知ってて知らずか、こよりは見栄っ張りなんですねぇ、と言った。記憶の中での出来事をなぜそんなにも伝達されているのか分からないが、これも恐らく妄想の中での出来事なのだ。
すぐそーやって、妄想の世界に逃げちゃうじゃないですかぁ?
という言葉が確信をついてきていると思った。
こより、御幸にも言えることであるが、一回言われただけは理解に及ばないことがかなり上げられている。
例えば、天使を救うことが僕にはできないのか、救うにはどうすればいい、と懊悩する広介にこよりは
そのヒクツさはもうすでに傲慢ですよぉ
と言ってみたり
自分の事が好きになれないんですね? そんなの、バカじゃないですか? 二元的な対立に持ち込んで、自分を納得させようなんて、そんな世界観は一番安易ですよぉ?
とか言ってみたり度肝を抜かれることを平然と口走ってくる。どこかで自分がどうしてここにいるのかが分かっているからこうして言ってくるのだと思えた。なにより、鏡の少女だからか分からないが人見広介の理性、良心、果ては人間性なのではないだろうか。妄想の世界に逃げ込んでいつまでも同じ場所に留まり続けようとする人見広介に対して、こより(=無意識の人見自身)が現実の世界に戻そうとしてくるが、あえなく失敗に終わってしまう。そして、睦月ルートに差し掛かると態度は一変する。

もうあたしには先生を助けてあげられないみたいなんですぅ
「もう」ということは、今までは何とかして救おうとしていたのか。だが、その牙城が崩れ去る時にどこかでこの世界が妄想であると気付き、さよならしたんだと思う。いや思いたい。要は、言われたんじゃなく、言わせたんだと思う。

作中でも触れられていたが、妄想の中でも一際思ったことをズバズバ言ってくる。人に言われたくないようなことを寸鉄殺人かのように言ってくる。痛いほど自分の現実での姿がよく分かり切っている程よく分かっている。
そして、全てを終わりにしたい欲望も透けてきている気がした。
全ては彼の妄想ならば、上野こよりの言うことも彼の心の声だとすると、
「もっと私を壊せばよかったのに」という言葉には、私(=人見広介)を壊す(=殺す)、いわば自殺願望のようなものが浮かび上がってくるような気がした。
まるで、貞子を産んでしまった事を後悔し、身を投げ出した貞子の親のように。
目黒御幸
正体は、資料室の標本である。

そして、御幸のことを理論武装に逃げ込んで、自信がなく、臆病な性格と称しているし、御幸自体も
怖いんです、人が。特に….男の人が….
これは広介も同じ悩みを抱いていて、「男」を「女」に変えていくと、彼目線で世間を見渡せる。
実際に広介はこう言っていた。

人間が怖い
と。これは、人間がというよりは社会が怖いんだろう。人間一人では大して恐怖じゃないが、それが集まって社会となる時、想像を絶するほどの恐怖を味わうことになる。ということは、目黒御幸が意味するものは社会的に上手く振舞うことができない、若しくはできないと思っている、そういう思いが創り上げている妄想じゃないのかと思った。また、人見広介とよく似た少女として描かれている。同化していると言ってもいいだろう。
人見広介は、教師を目指さなくてはならない強迫観念に駆られて大学に進学したが、その知識を全く活かせず、教師という両親によって植え付けられた仮想の夢を叶えることも、今更新たな夢を探すことも叶わなくなってしまった(今更夢を探すことができない理由は、生真面目で一度決めた目標を追い続ける性格だからと説明された)。
実際には、名もない大学に2浪して入学しているので、さほど、学力はなかったと思える。御幸の知識が全て元は広介のものだと考えると、本当は地頭が良く、博学才穎であったが、自分の持つ特異で得意な知識を活かせず、学校で学ぶ勉強ばかりにとらわれている彼の「学歴コンプレックス」が見て取れた。
田町まひる
正体は中庭に住み着いている猫である。人見広介に対しては人懐っこく接してきた。幼児期や幼少期におけるトラウマを現したのがまひるだと思う。

愛惜の念と、憐憫の念と、すまない気持ちと、そして….ほのかな、懐かしい愛情がない交ぜになった、不思議な気分だ。
と人見広介は語っている。これは過去の事を思い出して、罪の大きさに耐えかねて妄想の世界に、僕は悪くない、と逃げ込んでしまったんだと思う。そのことを示す画像があった。

罪悪感を何とかしようとして、自分以外のなにかを救うフリをするんです
自分に慕ってくれた人(子)を「こんな僕でもあなたは慕ってくれますか、僕にはこれぐらいの事しかできない」とでも言うのだろうか、自分の無力感もここで感じ取れた。目茶目茶にしてやりたくなる。こういうのを愛情のお試し行動、と呼ぶ。
人見広介の嗜虐心を揶揄い半分に煽り立て、まひるを自分が守ってあげたいと思わせる、か弱い存在だと思い込んでいった。そして、自分が強い存在、すなわち「純白」の存在になった気になれるというのを感じ取れた。
各ルートの10日目で繰り広げられる睦月(天使)との会話で核心めいたことを言ってくるのは、睦月=天使であり、天使は全知であり全能であってほしいという心の働きなのだろうと考えた。
巣鴨睦月
正体は、実在する人物であるが、人見広介が入院している病院からは退院していってしまい、人見はそれが辛く、新たな妄想の世界へと繋がっていくというのが私の考えである。

出会っても睦月が怯えているか人見が怯えているのか、どちらかであることの多い、と入院生活を思い返しての言葉を漏らした睦月。
人見さんということは彼が現実の睦月を認識しているからであり、現実との接点がそこにだけはあったんだと思う。
人見広介は「自己実現」を果たすため、彼自身を肯定してくれる存在を求めた。
何で誰も僕を肯定してくれないんだ、何で僕は僕を肯定してくれないんだ
というシーンをあり、全てを肯定してくれる人形のような人を歓迎する、そんな人見広介の性格特性を垣間見ることができた。人見広介は、睦月を救うべきか弱い、かわいそうな存在と思うことで、自分が大きな存在になった気になろうとしたのだと思われた。

ここで広介が自分に立ち向かっていれば、現実にはまだましな未来だったのかもしれんが。
このシーンの前で睦月は転校していくという描写がされていたが、これは恐らく退院であり、その時期が少しずつ近付いているらしいことも広介が知っていた。妄想だと分かった瞬間、どのルートを辿ってみても焦るかのように先を急いで、魔法の儀式とやらに逃避したのも首肯できる。
人見さん⇒先生
に呼び方が変わっている。そのあまりに辛い現実が襲い掛かってきて現実を見ることもなく、妄想の世界に逃げこんでしまった。さらには、人見は睦月に恋していたと思われた。
誰かに愛されるということはこれ以上ない自己実現であると考えた。なぜなら相手が自分を愛してくれるということは、自分がどんな存在であろうと無条件に肯定してくれるということにもつながり、睦月と恋人になることで、自分を肯定してくれる存在を見出そうとした。
そう「自己実現」をなそうとして行動していると考えられた。
人見広介は妄想の中で睦月を地上に落ちぶれてしまった堕天使であり、天に還られなくなったと思い込むようになっていった。自分が救うべきかわいそうな少女にすることは、人見広介自身の妄想と「さよなら」をしないと、恋人同士になれないので自分の妄想と「さよなら」しなければならなかった。だから人見広介は、睦月エンドで睦月以外の少女と「さよなら」をしたんだと思う。睦月以外のエンドでは

ちゃんと見て欲しかったのに….
人見広介の妄想で、私(睦月)だけを見て欲しいと思い込んでいるのだろう。実際には、彼は睦月と結ばれることはなく、退院して行ってしまった(彼は妄想の中では睦月は天に帰ったと思っている)。唯一の「自己実現」の可能性、かつ現実との接点である睦月を失った人見は、教育実習生としての妄想を維持できなくなった。だが、そこで、現実に戻れればまだハッピーエンドとも言える。バッドエンドでは、部屋に閉じ込められ、拘束具も付けられ半ば強制的に妄想の世界から抜け出せる描写もある。そういう意味では、広介が妄想の世界から抜け出すことは現実を見る自己認識を新たにすることでもあり、新たな自己実現にもつながるのではないだろうか。
予想とは反して研修医としての妄想に走ってしまった。したがって、人見広介の「自己実現」は妄想との「さよなら」をしない限りは永久になされない、と言うのが私の考え。
また、作中では、「天使様の樹」の伝説の話があった・
ある男女が恋をしました。男はやくざ者、女は深窓のお嬢様。2人は組織の金を持ち逃げして駆け落ちするも、追っ手に追い詰められる。男は追っ手に手をかけるが、女は他人を殺すくらいなら一緒に死のうと男に持ち掛ける。男は、戦って死ぬならいいが自分で死ぬのは嫌だからお前が殺してくれと語る。女はすぐに自分も後を追うと告げて男を殺すが、死にきれず、追っ手につかまってしまう。残された女を哀れに思った神様が女の魂を救い上げる。神様は女にこう言った。「男を殺した罪は償わねばなりません。あなたはこの樹に宿りなさい。この樹が天まで届いたとき、あなたは天使となるでしょう。そこで愛する人と再会できるかどうかは、あなた次第です。」と。それ以来、この天使様の樹にお祈りすると恋が成就すると言われるようになった、とのことです。
もちろんこれも人見の妄想の話。実現するような話ではない。これは、何を意味するのか。思うに、この男も女も人見自身の象徴である。1人地上に残された女は人見の「白」、すなわち弱い部分、理想の姿を示しているのである。逆に「黒」は、死んでいったやくざ者。白は自殺するといったものの死ぬに死にきれなかった、ということは、自殺したいが自殺できずに安住する。この姿には、理想の姿になろうと努力しつつも、理想とかけ離れた、ギャップの大きい姿にしかなれない自分を否定した彼が、「黒」、すなわち欲望の姿を克服したがっていることを表しているように思えてくる。
とそこで、気になるのは、タイトルにも使用されている「さよなら」とは何だったのか。
思うに、「さよなら」とは、彼の妄想からの「さよなら」、ひいては現実逃避からの「さよなら」である。睦月と結ばれることで「自己実現」を果たそうとした彼は、現実と向き合うために、自分の妄想と「さよなら」をしようとした。結局、元の木阿弥ということで、一度は妄想から抜け出すものの、今度は「インターン」としての妄想に入り込んだ。しかしながら、彼に唯一残された現実との接点である「巣鴨睦月」と一度は向き合おうとした彼の努力の表れともいえるのではなかろうか。


いつか聞いた言葉
いつも聞いた言葉
僕が聞きたかった言葉
僕が望んでいた言葉
最後の言葉
最期の言葉
彼女の唇はサヨナラの形をえがいて、こわばる。
と、ここまで書いたが、2周目をプレイした後で思ったことを書きたい。
入院していた理由は
- 精神障害
- 認知症
の2つが考えられる。個人的には、先に退院してしまった睦月のように、いつかは人見も変わること(=病気が寛解してそれなりに社会復帰できる)ができるように願いを込めて1の精神障害の方が良いと考えられる。
だが、2の認知症という線も考えられるのではないか、と個人的に思った。
教師にさせらようとしたが、ついになることができず、挫折してしまった後の「さよならを教えて」という舞台。
その舞台そのものが過去に起きた事実であり、そのことを思い出しているだけなのではないか、と感じられたのだが、それだと、どこからどこまでが現実の出来事なのかが分からなくなり、整合性が取れなくなる。
僕は、一体誰なんだろう
と自問自答する場面でそう思った。
また今日も、忙しく退屈な『インターン』としての一日が始まる……。
先生!