プレイ時間は5時間程度。
そのわりには、ひとつひとつが巧妙であった。
そのわりには、ひとつひとつが巧妙であった。
北見 市蔵(古河)は、チャラチャラしたような屑ではなく、偏屈した頑固な性格の借金に周りを巻き込む屑男だ。だが首尾一貫した性格がむしろ好感を持てて、なぜか憎めない。
折角手に入れたお金を投資だと言い、マスカレヱドで使うSMグッズを買う資金に充てた。別に個人の話だから良いのではと思ったが、とりあえず借金は返しましょう…w
そんな屑男とM属性や一癖二癖もある子たちと出会い、織り成す物語だが、屑男とちょっと尖った言い方をすればメンヘラ女の逢瀬は喜怒哀楽が激しくなってしまいそうで悪い予感しかなかった。
具体的な内容は、おしっこを飲まされたり、鞭打ち、磔にされた挙句に礫を投げつけられるというシーンがあり、結構きつい。だが、悲鳴がすべて嬉しそうに聞こえ更に狂気を感じた。
個人的にはキラキラした瞳で四肢切断されてしまうシーンが印象的。
そんなこんなで進んでいった本作は、各々に生きていくための道筋があり、また、与えられた道があるのだというメッセージ性に富んだ構成が魅力的だと感じたし解釈の仕方により、幾通りの解釈ができるのでそれも良かった。
ビジュアルやBGM、声優の演技などは申し分ない。だが、文体には癖がある。まるで台本を読んでいるかのようである。
こういうゲームもありなのではないか、と思ったが、若しかしたらこの物語は、すべて誰かの演出なのではないか?
ゲームなのだから製作した人の頭の産物であることは言わなくとも分かるのだが、第三者の介入している気がするのである。
もしくは、客観的に捉える、鳥瞰的な思考ができているのか。
こんな感じで取り留めのない感想を書き綴っていこうかなと思う。
システム面ではフローチャートが本当に使いやすく感じた。だからわざわざロードから選ぶ必要もない。昔っぽくないよね、このグラフィックといい、システム面といい。

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以下、ネタバレ有
この物語は、各ヒロインを救いたいのではなく、あくまで自分は蚊帳の外でありその行く末を見守っていく物語という様に感じた。
市蔵を親切だということを信じてやまない百合乃(後述のように小梅からも根は真面目だと評されていた)は文通でやり取りをしていた。一方、マスカレヱドという特権階級の人にしか入ることが許されていないSMクラブに、骨董品の上客だということで特別に許可をいただけたようである。
クリスマスパーティーに招待されたが、同じ日にマスカレヱドでも催し物がある。
どちらを選ぶかによって、百合乃Endか柘榴Endに分かれる。そしてその後に現れるローザEndや翠子Endを堪能したあとで最後の小梅End
全てが綺麗にまとまったエロゲーではないかと思った。
百合乃End
時代背景を考えるとおそらく関東大震災だろうが、彼女は被際してしまい家族を失った孤児である。
その時に、何故私だけがいきのこり、熱心に祈っていた家族は死んでしまったのか、神様は他所を向いていたのか、などという独白もあり、大変心苦しかった。
だが、そんな思いが功を奏してか、それとも恐怖に打ち勝って死を選ぶ道を直走ることになったのかは不明だが、彼女の中で現在進行形の何かがあったのではないか。
それはおそらく、彼女の被虐心だろう。生きながらえていくことにもきっと意味があると考えた百合乃は、シスターという人に尽くす仕事にありつけたようである。だが刺激が足らなかったのか、もっと自分を虐めてくれる市蔵に心を通わすようになったのかなと思った。

一度信仰を保っていた百合乃は信仰を捨てた。もうこの子のには鷹臣の融資がないと経営が成り立たたなくなるとこで、強制的にマスカレヱドに連れていかされる。そこで受けた責め苦に耐えられなくなった百合乃は、神への信仰を止め、遂には幼児退行をするようになる。もうすで百合乃に心で、神=市蔵という式が成り立つと感じた。
百合乃は、信仰を失ったら従うものがないことと同じく、信仰を失った彼女は市蔵に依存し尽くようになるのは火を見るより明らかである。
元々、鷹臣の融資がなかったら潰れていくようなロザリオ園には何の意味もなかったかのようにして、焼身自殺。
彼女(百合乃のこと)は何かに依存していなければならない人です。それが彼女にとっては信仰であったのでしょう
という柘榴の言葉通りになった。
市蔵は心の奥では、やがてはこうなることが予測できたと述懐した。
自ら火をつける行為には正直、僕はあんまり共感は出来なかったのだが、神を求めすぎた結果としての行為なのかと思った。一時は市蔵を神のように慕い、追従する。だがそれがこと切れると分かると、今度はすぐに自殺してしまう。
恐らくは、少女らしい心の儚さを表しているのではないかと思った。
柘榴End
とにかく、柘榴は少女だけが持っている、きめ細やかな肌が特徴的。
そのきめ細やかさは何と形容したらいいのか。
背中の刺繍も彼女の生き様を表しているようでカッコいいと思った。
痛みにしか反応しない身体に、私はくすぐってやればいいのにと思ってしまったw
彼女は、くすぐりによってもたらされる苦しみを、痛みと感じるのかもしれないが……。

痛覚のみが彼女の存在意義とするならば、痛みのない世界で暮らすことは自分の存在意義を見失ってしまうことにつながる。
宿命、と彼女は漏らした。
私は、その言葉を聞いて、彼女が生まれながらのマゾであることに納得がいった。宿命であるからこそ嬉々とした表情でマスカレヱドの舞台に立ち挙句、見世物小屋での四肢切断という傍から見ればBadEnd以外何物でもないことをさせられたが、本人はいたって普通。というか、満足している気さえする。
彼女は、老人に買われ、背中に刺繍を掘られた激痛でマゾに対する渇望を持ったようだ。

達磨になるEndを見せられたが、それとは別のルートもある。
それは、小梅を翠子に売ることで手に入れた柘榴と一緒に北へ進んでいくEndだ。菩薩のようになり、自分は許されたのでしょうか?と市蔵に問いかける。
菩薩の段階ではまだ、人の段階である。
観音菩薩とか文殊菩薩、勢至菩薩や法蔵菩薩も実はまだ仏(=如来)には至っていない。
しかし、この背景が雪の上なのに、天にいるような錯覚を覚えた。
翠子End

翠子は少々複雑な家庭事情があり、それが今のような強かな女性像を醸し出している。
やはり、男性よりも女性の方が名誉にとらわれないでいる分、正しい方向に努力をしていけばいつかは報われるのではないかと思った。
だが、それはあくまでもゲームの設定上。現実は軋轢や社会の暗黙のルールによりねじ伏せられるのだろうか。
C.V.の涼森ちさとさんの名演技も手伝って、女衒で稼いでいるのではないかという疑問は露とともに消えた。
自殺に見せかけ家族を菊池の者に殺された事実を知った15歳の夜から復讐の劇は幕を開けることになる。
その果てには、市蔵やローザを含む、多くの者が道連れに遭ったことを考えると、目的のためには手段を択ばない女性なのかなという印象。
だが、実際はどうなのだろう。
小梅を目が見えない設定の下、丁重に扱ったのではないか。
ローザを撃つことで決別したことにより、お腹の子供の方が大事だというシーン。
それにより、ローザの心は恨みの抱くようになる。瀕死状態で生きながらえたローザにより今度は逆に翠子が殺されてしまう……。
そんなに「いきたい」のなら、彼岸に行って二人で生きてみよ!という思いが滲み出ている気がした。
まぁ、追加で書くことがあるとすれば、瓶に入ったワインをドレスを羽織った胸にかけるシーンだ。
あのシーンで僕、めし5杯はいけると確信したw
ローザEnd

ローザは加虐心を持った人。その対象は、猫などの小動物から人にまで及ぶ。
退屈しのぎで市蔵と遊ぶようになる。
手を伸ばして、手身を指ですくってみて、初めてそれが黄金でないことに気付く。丸くなった背を撫でると、羽根がない。天使じゃないことに気付く。
の言葉でもあるようにどうやら市蔵には彼女が天使に思える何か、魅力的でどこかアルカイック・スマイルを匂わせるものを持っていたのかも知れない。
信じる?信じない?
という選択肢が4回にわたり続くのだが。僕はすべて「信じる」を選択したぜwまぁこれで何かが変わるわけでもなく、実体は、猫を捕まえようとして、捕まえられずに窓から落下し、命を失くすというあまりにもあっけなさ過ぎた。
一時はローザのことを天使と思っていたような雰囲気もある市蔵だが、ほんの一瞬目を話したとき、命を奪われる姿に無常を感じたのではないか。
小梅ルート
全てのネタ晴らし。

実は小梅と市蔵は、腹違いの兄妹だったのだ。
そして目が見えない設定というのも嘘であり、実は目は弱視であり、目を凝らせば見える。
例えば、小梅の目が見えていないと過信して身売りさせられたり、マスカレヱドに出演させられたなども実は知っていた。知っていて尚進んでしようとしたのは偏に兄を想ってのことなのだろう。
恋慕に似たような感覚を隠しつつ接してきた。
だがその想いは、奇しくも市蔵が病気に苛まれ、悲しい結末で幕を閉じる。
本作が鬱ゲーと評さあれる理由が分かる気がする。他のルートでは幸せになりたいと追及してきた。だが、この小梅ルートではそれが一心に兄を想う気持ちにより付き動かされている気がする。
しかし、それが叶ったときには想い続けてきた兄は病気で小梅のことも認識できないようであった。
中吊りになった気持ちが交差するが、時すでに遅し。
やるせない思いがしたが、それと同時に小梅も近いうちに亡くなるから一緒に彼岸に逝こうとする気持ちが透けている気がした。
一緒に向こうの世界でも笑っていられると良いな……。


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