名作中の名作だと聞いてプレイすることにしました。今回でLaplacianのエロゲはコンプリートしたことになる。
「The Girl Who’s Called The World.」を文句が物語すべてを語っており、Trueルートではクリックする手が止められなかった。またBGMからグラフィック、プロットなどを含めた要素の評価は僕の中ではランキング5位には確実に入るね(誰目線?w)
有島の心置きなく話せる相手である渡辺さんが、入麻と酷似していたりその他大勢の人が似ていたり伏線が張られている。
プレイ時間:37時間
ただ、この時間はおよその数なのであんまりあてにできないし、シナリオが読みやすいので体感時間が短くて、あっという間に終わってしまった。
プレイ順をいつもは書いているのだが、本作は、ランダムに物事が進んでいく新しいスタイルとなっているため割愛。
主題歌:いつかの白昼夢
CASE-0 OP テーマ:Into Gray
CASE-1 OP テーマ:クラムボン
CASE-2 OP テーマ:冷たい壁の向こうに
CASE-3 OP テーマ:恋するキリギリス
CASE-0 OP テーマ:Into Gray
CASE-0 ED テーマ:凪いだ海のように
CASE-1 ED テーマ:ブルカニロ
CASE-2 ED テーマ:夜明けの片隅で
CASE-3 ED テーマ:夏のタイムカプセル
サウンドトラックが付いてくるDL版を購入した。
場合によっては、これのパッケージ版も購入したい。
あらすじ
人類は同じ夢を見るようになった。
ある晩は、女生徒と教師の不倫の物語であり――
ある晩は、劇作家と女優の身分を超えた恋物語――
またある晩は、不登校の少年と教育実習生の淡い初恋――
3種類の夢を、人類は繰り返し見るようになった。
何故、全人類が同じ夢を見つづけるのか。
これは、世界と呼ばれた一人の少女の物語。
キャラクター紹介
CASE-1 ヒロイン

波多野 凛(はたの りん) CV:神代岬
柊英学園付属に通う文学少女。
小説家である父・波多野秋房との父子家庭で育った。その父もすでに他界。今は父の印税で生活している。
教室の隅で黙々と本を読んでいて、学業の成績はそれほど高くない。数学の試験などでわからない問題に悪戦苦闘している姿を想像すると、健気で可愛くてヌケる。
孤独な日々と読書体験が彼女の精神性を成長させたのか、その表情や立ち居振る舞いに妙に陰りがある。それが年上男性諸君の、止めようのない情欲をかき立てる。
本人に自覚があるかどうかは不明だが、恐らく確信犯なんだと私は思う。
同窓生のたわいもない卑猥な話題が聞こえたときは、黙殺するのでもなく、嫌悪感を示すのでもなく、凛はただ妖艶に微笑む。
それが同窓男子諸君の、止めようのない情欲をかき立てる。止めようのない情欲をかき立てる系のヒロイン。

CASE-1 主人公
有島 芳(ありしま かおる)
柊英学園付属の非常勤講師。古文担当。四十五才、既婚者、非童貞。(くっそー)
伸びきったゴムのように弾力がない毎日を送っている。

CASE-2 ヒロイン
オリヴィア・ベリー CV:神代岬
テンブリッジの貴族。一族は落ち目であり、オリヴィアの政略結婚に一族の存続がかかっている。
演劇を愛していて、自身がパトロンとなっている一座の座長を男装して務めている。勝ち気で、男勝りで、酒に強い。
だがそんな性格も、女として舞台に立つことを奪われてしまった彼女が後天的に覚えた振る舞いであり、心の奥底にはしっかり乙女心を秘めている。
アーティストは性欲が強いという通説があるが、オリヴィアももちろん例外ではない。
プライドの高い彼女であるから、男として認めさせるのは一筋縄ではいかないが、
一度パートナーができようものならあっという間に恋愛至上主義になってしまい、会えない時間が長引くといじけ始めてしまう。
「かまってほしい」その一言がオリヴィアには言えず、むしろ高圧的な態度に出てしまったりする。

CASE-2 主人公
ウィリアム・シェイクスピア
盲目の父と二人で酒場を営んでいる青年。童貞。
作れる料理はスープとジャガイモの蒸かしのみだが、常連客に愛されている。
完全記憶の持ち主で、酒場を訪れる旅人、商人、芸者の話を全て覚えている。
儲かっていない店のために、テンブリッジの劇団に脚本を売ったことが数回あり、評判は上々だった。

CASE-3 ヒロイン
桃ノ内 すもも(もものうち すもも) CV:神代岬
鳴山公空学園付属の教育実習生。 物事を深く考えず、その場がよければそれでよし、という生き方をしている。
元カレは両手でギリギリ数えられる人数。少なくはないが多くもないと本人は思っている。
流されるままに教育実習を受け、主人公のクラスに配属された。プライドという概念が、すももの中にはそもそも存在しない。
直線的な競争社会の中に生きる我々メンズは、ことあるごとに他人と己を比べ、ときにライバルの足を引っぱり、小さな優劣に一喜一憂する。
そういうメンズの競争を、すももはポカンと見つめている。楽しければいいじゃん。そんなに一生懸命にならなくていいじゃん。楽しめばいいじゃん。
彼女は純粋にそう思っている。

CASE-3 主人公
飴井 カンナ(あめい かんな)
鳴山公空学園付属の二年生。不登校児。
ガソリンエンジンを積んだ旧式のSUVが宝物。
父と顔を合わせたくないため、自宅のガレージで生活している。
生意気な童貞。童貞、おっ
見てもらえばわかるとは思うのですが、ニュートンと林檎の樹と同じ舞台となっています。
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以下はネタバレ注意。各々がランダムに進んでいくので、たぶんあてにはならないw

CASE-0~CASE-3
- CASE-0
導入部分。有島一家の不仲であることや大学在学中に小説を書いていた有島 芳と波多野 凛の出会いに焦点が置かれている。
波多野 秋房は小説で世間に訴えかける言葉を遺していたようだ。
それが代々、読者に受け継がれていき、その存在が小説家を志す芳の心をへし折るには簡単なことだった。
太宰治、川端康成、三島由紀夫、芥川龍之介も有島武郎もみな死んだ。みな死んだけど、こうして言葉を遺している。
似たような言葉も「さよ教」でありましたね。
- CASE-1
海斗という青年が登場し、また世凪という少女も登場しました。
CASE-0で登場してくる少女と姿が似ていると思ったらどうやら、この実験施設内で見ていた「夢」なのだという。
冷え切った関係性をただぼんやりと過ごす一介の男性教諭のはずがまさかの非正規雇用で勤務している45歳の男性だったとは。
男が非正規雇だなんてと思われるかもしれないが、今ではもう珍しいことではないんだろう(障害非正規雇用の男より)。惰性で小説を読むことを趣味とする。そんな中年男と自己実現を達成したであろう美人編集者の対比がとても良く描かれていました。
そこに愛はあるのか?というセックスをした。結婚しているとはいえ、愛がなければただの獣以下の行為にしか思えず、妻にとってみれば強姦されたも同然だろうな。
- CASE-2
このルートで登場するウィリアム・シェイクスピアやクリストファー・マーロウは実在する人物となっている。実在の人物をエロゲに記述するというセンスが、また光る。
人間は脆い。心の拠り所は必要だ
とウィリアムは述懐した。
だからこそ、富を持っている人は金や女に走り、貧乏な人は宗教にハマる。しかし、その信仰の場所がカトリックという理由なだけで奪われた。当時の人にとっては異端者に見えるのだろうが、今となっては、そこに多少の違いはあろうともキリスト教なのだ。仏教でも真言宗とか阿含宗、浄土真宗とかの宗派があるのと同じ。解釈の違いなだけで本家本元の言いたいことは変わらないというのが僕の持論だ。
ウィリアムを殺すためには、生きていないといけない。だがすでに殺されているようなもの。生きているのではなく、「生かされている」だけの奴隷なのだというオリヴィアの言葉を聞き二の句を継げないようだった。
『ブギーポップは笑わない』でもこういう言葉が出てきたわな。
「君は今までずっと、自分が自由に行動していると思っていたのか?」
「君はこれまで自分の意思だと、はっきり自覚して行動していたことがあったのかな?」
だったか。
そういうように誰かに「生かされている」状態であったウィリアムが自己を獲得する話だと感じました。
- CASE-3
大学にまで行かせたいという父親と他界した母親(飴井アンナ)の姿を追ってカメラマンになるという夢を諦めたくない飴井カンナの姿が描かれていた。しかも嘘をつき、学校に行かず、ずっとカメラに向かっていた。
カメラマンになるという夢のため、自己研磨に励むカンナ。だが、その意志は一向に父親には届かない。届かないというより夢を自分から伝えていないんだろう。
親の心、子知らずとも言うが、このCASEはそのような話。
社会の車輪となるか、自由人となるか。
桃ノ内すももは、未知の未来を歩もうとしている彼を心では応援し、体裁では学校に行こうと言ってくる。
でも、すももみたいな人は貴重だよ。20歳を超えると自分の行動は自分で尻拭いをしなければいけないからね。

ピーチ・ザ・ビッチ(桃ノ内)、キャンディーボーイ(カンナ)とスクラップハンター(松風梓姫)の愉快な仲間たち。
いいねぇ。
以下、ネタバレ注意
凛End
この21年間もの間、結婚していたが、ついに終わりの時が迎える。
随分と長く持ったような気がしてくる。レイプが離婚にまで至らせたのではなく、それはあくまでも一つの原因である。本当はいろんな要因が重なり破局になった至ったのだろう。
現実逃避ともいえるかもしれないが、秋房の鬱憤を芳の問題に置き換える。社会通念を凛に教えながら、傍から見ると自分に返ってくる。というか、それならなぜ虚無に打ちひしがれるのか。
凛には遺産や父の書いた本による印税で生活をしているのだから、別に放っておいてもいいのでは?という気もしたが、一般庶民のものに対する考え方がわかり、社会に適用しやすくはなる。
どうにもならないことを、どうにかするためには、手段を選んでいるいとまはない
の言葉通りに様々な行動をしていく傍らでどんどん精神的に危うくなっていく芳。鉢合わせになった元妻に凛は睥睨したが、彼の立場では睨みを利かすようなことはやめて、退散したかっただろうに。
そんな彼は、自分の存在価値とはいったい何なのか。心では、凛と仲違いし、卑屈感、僻み、やっかみ、無価値感、無能感があった彼は自殺を決意した。
だが、固く自殺を決意したのにも拘らず、自殺を辞めた理由の一つに愛が関係しているのではないかね(28歳の童貞より)。
愛はすべてを変える力があるのだろう。似た者同士の恋模様を応援したくなったが、それが叶うときは凛が高校を卒業してからのことなんだろうなと思う。とすれば、最後のシーンを見るとひとりで育てると述懐して終わったので、これからを思うと少し嘆かわしい。
オリヴィアEnd

このルートでは史実に基づいた人物が登場してくる。
劇団員もスペンサーがいなけりゃ、ただの野良よ
の言葉が胸にしみる。
オリヴィアは、デンブリjッジ生まれではなく、貧しい家庭に育たのだという。
そして、彼女は、救いの手を差し伸べてくれる人が現れた時には、その人が望むような女性に育っていった
私が貴族生まれだったらウィルにも本当の気持ちを伝えられるのに
という言葉の背後にその真意が隠されていた。
オリヴィアはスペンサーの奴隷だった
その事実は、これまでの劇団を変えるには打って付けだった。
あんまり劇団に興味のなかったキキとトーマスがいとも簡単に心を入れ替えたのには恐らく、元来興味がなかったので劇団をする「奴隷」になるしかなかった。シェイクスピアの題目を演じているうちに、徐々に「真面目に」取り組む姿を見ることは至極の愉しみであることを痛感した。
芝居も勢いに乗り新たな脚本「ジュリエット」や「ロミオとジュリエット」の草案が浮かんできたが、時代背景もあり人気劇団から一気に牢暮らしを送る羽目になるウィルとオリヴィアら一行。この展開はずっと心の片隅にあったが本当になるとは……。
てっきり、このままオリヴィアのみが処刑され、ほかの団員は劇が好きなエリザベス女王に特別恩赦され、釈放されるのかと思ったがどうやら違ったみたい。
オリヴィアは最後の最後に、劇団長そのものの行為を取った。自分の身より相手のことを思う。その心にあるのは愛なんだろう。
エリザベス女王は謁見した際、ウィルに
私には法律を変える権利はない。そのことに対して有罪かを判断するのは宗教だよ
と言い、ここでも宗教かと思いながらも、やはりその絶大な権威に抗うことはできなかったようである。
心で通じ合っているのだから世界中のどこにいても私たち、オリヴィアとウィルは一心同体ということがよくわかる。
ニュアンスの違う「いいこ」で
すももEnd
前作、「未来ラジオと人工鳩」の時間を継承している。

母の後を追うように名を馳せる写真家を目指したカンナだが、途中で、すももや椿姫と出会った。彼は、まず7月28日のハレー彗星が観れるときに、母親とハレー彗星を観測しようと約束した場所を目指していく。だが、その道は険しかった。
約束した場所がどこにあるのかすらわからないという始末であり、道草を食ったような出来事のオンパレードだが、すももや椿姫の出会いなど今後の人生に大きな影響を与えるきっかけを得られたようだ。そのきっかけのためにまずは、学校にきちんと通うと父親に誓いを立てた。こうして、ひと夏の思い出は過ぎていく。
この物語を一言で言うと、「灯台下暗し」だろうか。
あたりを見渡してみると幸福の種はすぐそこにあるのである。そこに気づくか、気づかないかで人生は、大きく変わっていくということなのだろうか。
Hシーンカンナが未成年ということもあり、手コキ+αしかなかった。やや控えめだが、何でもかんでもHだという風潮には飽き飽きしていたから新鮮であった。
松風椿姫の「〇〇でしょうが!」には笑えてきた。
True End

凛、オリヴィア、すももEnd後に自動的に海斗の物語が始まる。
どうやら、ここでは上層、中層、そして下層と3つのグループで構成された監視体制が行き届いた街並みのようである。世凪も同じ下層で暮らしていた。
「動けないお母さんの労働が免除されるのは、この街で暮らしている
人が受けられる当たり前の権利なんだよ」
「気持ちは、すっごくよくわかるけど、海斗の方法じゃ、なにも解決しない」
「なにより、海斗のお母さんが喜ばないと思う」
通学しようともせず働いていたが、それは母親の意図しなかったこと。母親の中ではちゃんと学校に通ってほしいし学校の出来事をもっと聞かせてほしいのだろう。
その心を払うべく学校に行くことを決めた海斗。当然そこには、われわれ下層民と上層民の間に隔たりがあることをまじまじと目に焼き付けられた。


こういうように、いろんな物語を追体験した。それは小説をまるで自分が記憶している出来事のように体験させるシステムによって達成した。
これはさすがに非表示設定をします。クリックして、一応見ることはできるようにしております(本当はこの機能を使ってみたかった……)。
世凪は、研究所に勤務する父親と母親の三人で中層に住んでいた。父親(汐凪)は優秀な研究者であり、遊場所長と同じ研究室に配属され、その研究室で現代を担う科学技術を開発した。しかし汐凪はある重篤な病を発病し、記憶を失いつつあった。記憶が失っていくと職を失うことに直結するので、下層に落ちることになり、妻はほかの研究職に就いている人と再婚することにより下層落ちを免れた。

汐凪の残したスケッチにはCASE-1に出てきた、芳の妻と似ている女性が描かれていた。。

凛だな。
CASE-1からCASE-3までの出来事は世凪の「小説」なのだろう。世凪は記憶障害を発症する遺伝を受け継いでいるため、汐凪と同じ状態になるのを恐れた。記憶障害は人格の崩壊にもなりうるので、海斗と出会ってしまった運命に対し
奇跡なんて、ないよね、この世界には
と洩らすほどに追い込まれたが、海斗の研究がほかの人たちを救う一助となるのなら進んで研究に身を捧げようという面持ちで研究に立ち向かうことを選んだ。だがとっくの前に世凪は心身共に限界を迎えており、それに気付かなかった海斗の心に禍根を残すことになる。
富とか権威とかそんなものには興味はなく、ただ海斗と一緒に暮らしていけたら幸せだったということがよくわかる。後悔先に立たずとの言葉でもあるように、どんどん先に進んでいった……。だが、不幸だけで終わらないのが本作の良いところ。
海斗は記憶を失うことで自我を失い、そこから初めて世凪と接続できたようだ。
遊馬のサイコっぷりはいかがなものなのか。いくら人類のためとは雖も、世凪一人を犠牲にして平穏無事に暮らしていくのはやりすぎではないのか、と思ったら「基礎欲求欠乏症」という新たな用語が出てきた。パラグルコースが遺伝子変異を起こし、紫外線の影響で細胞を癌化させるという情報は情報弱者を誑かすのに打って付けであったようだ。
本当のところ、世凪や里桜(遊馬の妻)や海斗の母は、「基礎欲求欠乏症」に発症していた事実は、より一層、物語に没頭させる因子だと感じた。
遊馬の命を賭してまでも成し遂げたい思いがあった。その心を慮ったときには、過酷な過去があり、その事実を忘れたい思いもあったのであろうか、懸命に研究に邁進しようとする姿が想像でき、報われない努力のほうが多くある現実に空しくなった。
あとは入麻のイケメンっぷりには「男もすなる日記というものを女もしてみんとてするなり」と似た気持ち(惚れ惚れしたという意味ですw)を思えた。
各種End+True End②+おまけ

すべての物語を見た後「Epiloge」を選択すると上映が始まる。
三つの物語は共通して別れが描かれていたが、「エピローグ」として幸せな物語を綴っていく……。
特に、オリヴィアのルートのスペンサーは、オリヴィアを解放し、代わりに野心に燃えるマーロウを手に入れたようで、屈辱を晴らしたようであった。
最後のおまけでは、ありそうでなかったシーンのオンパレードだ。オリヴィアだけがとても綺麗でAIに書かせたような錯覚を覚えた。また、椿姫とすももの3Pのシーンがあれば尚よかったと思った。


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