終ノ空remake 2025ver (ケロQ) 【感想】

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そろそろ、やっていかねばならんということで。

発売日:2025年7月30日
公式ジャンル:AVG

攻略時間:15時間

パッケージ版を入手
このタペストリーはケロQ の通販で購入

他にも特典で付属してきた由岐さんがタバコを吸って夕焼けの黄昏ているタペストリーもあるけれど、この場では割愛。

≪追記あり≫終ノ空 完結したので感想 ≪無印/remake≫
全体を通じて、年端もいかない少年少女らを洗脳していくというのは児戯に等しいほどに簡単な事なのかなと感じた。年端のいかない子供たちを洗脳し自殺に追いやったのは、間宮卓司だ。その洗脳に抗って論破しようとするも、陰謀論者のように聞く耳を持たず、相...
※ネタバレ注意 「素晴らしき日々~不連続存在~ 」感想
[あらすじ]空に連れてかれる日と呼ばれる日。あるいは、素晴らしき日と呼ばれる日。それともその名は終ノ空? 鏡の世界? 不思議の国?いくつもの言葉で語られる境界の日。空いっぱいにつまった言葉を眺める少女。彼女が見上げる空は、幾多の色に染まって...

ストーリー

詳細

1999年七月。
空から恐怖の大王が降臨し、アンゴルモアの大王を復活させ世界を滅亡に導く。

日本はバブルが終わり長い不景気の中にありつつも、長らく経済大国第二位に君臨し続けていた時代。
そんな時代に、ルネサンス期フランスの預言者の言葉が多くの若者の心を捉えていた。
それは――終わらない日常の中で、終わりへの切望の様な言葉は、栄華に対する罪悪感と不安が生み出したものだったのかもしれない。

その不安と罪悪感を、誰かが具現化したらどうなるだろうか?
その不安を通り道にして、侵入する者達があったらどうだろうか?

1999年七月。
東京都心にある北校で事件が始まる。

観念を現実に変える事が出来る者とは、人であるのか、神であるのか、それとも悪魔であるのか――。

前世を追う少女の飛び降り自殺から全てが始まる――。

キャラクター

水上 行人(CV:小次狼)
第一の視点者。 彼の視点から物語がはじまる。

若槻 琴美(CV:東シズ)
第二の視点者。 水上行人の幼なじみで行人に好意を寄せている。 正義感が強く、強い意志を持っている。

高島 ざくろ(CV:風花ましろ)
第三の視点者。 すべての事件の震源地であり、 終ノ空世界始まりの少女である。

間宮卓司 (CV:佐山森)
最後の視点者。 終ノ空世界における中心的存在。 彼が導く世界の先に、その空は存在する。

音無彩名 (CV:北大路ゆき)
一にして全。

横山やす子 (CV:秋野花)
若槻琴美を慕っている。 剣道部の後輩であるが、 彼女にはまったく違った側面があった。

リルル (CV:花澤さくら)
テレビアニメに出てくる魔法少女。 間宮卓司によって具現化する。

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感想

ノストラダムスの大予言のあった年に”偶然”にも立て続けに自殺したのだが、クラスメイトの面々はそのことに翻弄されつつも、あたかもそれを愉しんでいるように見受けられた。
人は皆、それぞれに与えられた役割を演じているのに過ぎないのと同様に、常日頃の憂さ晴らしの意味を込めて、狂気も電波やウイルスのように伝染していく姿には、今で言うとSNSの陰謀論と同じようなものではないか?と思った。
ああ言えばこう言うみたいな論法で封じ込められると人は、自分の中で納得して思考停止に陥る。そこまで至ったらあとは、”救世主”に従順な子羊となりうる。

ただし、卓司のいうことは一理はあるにせよ、世界は単純に推し量れるものではないとは思った。
人は突飛に何を考えるまでもなく行動をしまうもの。そういうことをいちいちと理屈でねじ伏せようとする考え方には少々げんなりした。
だが、SNSやAIが台頭し始めた昨今においては、昔あったものがいとも簡単に消え去ることになる。
新しい価値観が根付くことが「世界の終わり」なのだとすれば、間宮の言うことには一理あると思った。
AIの知性が人間より大幅に増えていき、汎用AIが誕生すれば、忽ちこれまであった価値観が失われ、のたうち回る。
それについて、心配し絶望してしまうかもしれないし、もしかしたらそういう世界なんてものは来ないのかもしれません。

ED1:主体者Ⅰ 水上行人

行人のルートでは間宮について多くは語られていなかった。
四角形の法則というものになぜ惹かれたのかは、薄らぼんやりとしかわからなかった。
二次元のリリルを愛するがあまり三次元にも登場してほしいとこいねがい、時空を表す四次元にと変わったのではないか。

だが、肝心な多数の人命を屋上から突き落とすことが救済に繋がるのは、終わりにしたいという思いがあったからなんだろうか。
物語には終わりが来る。この殺風景で将来を約束されている日常を終わらせるために、高島は自殺した。
意味を持たないこの世界において、生きることは地獄であり、人は何かにつけて意味や記号を作り出す。
例えば、物を持たない生活を始めたとする。
初めはなんと快適なんだろうと思うが、世の中のトレンドがそれ一色になった途端、記号という逃れられない運命に野垂れ苦しむ。
そこで自ら死を選ぶことでその呪縛から逃れたいという思いがあったのではないか。

生きることは罪を重ねること。キリストや仏陀でさえも例外ではなく原罪を重ねてた人たちだ。
そうした中でも生まれてくる赤ちゃんに祝福の言葉を捧げている…?
そのがんじがらめに括られた世界の中で生まれてくる赤ちゃんを殺してあげるべきだったのに、なぜかできなかった主人公。
⇒嘘で塗れた世界であったとしても人を殺しても良い理由にはならず、人の人生を奪うことになるから?
若しくは、人の生殺与奪の権を奪うことに対して責任を持てるのか?

そういうように世間を冷めた目で見ていた行人だが、琴美を淫虐されていた地下のプールから連れ去ったときに考えが変わったようであった。

ED2:主体者Ⅱ 若槻琴美

琴美は、剣道の地区予選に勝つという目標に向かってひたむきに歩んでいた。
だからこそ、世界が滅んでほしくないと思っていた。
対してそういう目標を持たず日々を怠惰に過ごしている人たちは、滅亡を迎合している風に思えるのが、なんとも今の現在のようでもあった。
とかいうものの、私も日々を怠惰に過ごす人の一人であるが。

人は信じたいものを信じ、それが事実であるかは二の次。自分にとって、都合の良い言葉を事実とする生き物なので、分断は避けては通れないというわけか。

ずっと何かに支配され耐えてきたであろう、凌辱の跡が残るやす子の姿を見て、彼女になら犯されても良いと呟く琴美。
だが、そんな琴美に対し、分かろうとするな、私は落ちぶれた人なのに…

やす子は最後まで凌辱欲あふれる信者たちから琴美を庇ったのはやはり、ただの先輩と後輩の関係じゃなくて、月と太陽みたいな関係なのではないかと思った。
太陽の光があるからこそ、光の反射によって月は光輝く。
だとすれば、やす子にとって琴美の存在は自分が光り輝くため、或いは存在意義にも等しい存在なので、汚れた欲望を持つ男には奪われたくない。だから必死に庇うのかなと思った……。

ED3:主体者Ⅲ 高島ざくろ

宇佐美と亜由美は自分に置かれている境遇に我慢ならずに、自分達と同じ境遇に陥ったざくろに手紙を書き、ただの友人として親しくなりたかったんではないかという気がする。
スパイラルマタイのことを説明するときには意気揚々だったのに、いざ実行するときには尻込みをする。
多分、3人の中で本気で終末論を信じていたのはざくろだけだったのかなと思った。

人は余裕があるときには余裕のある態度を見せるが、ひとたび余裕が失われると装いは変わる。
ヤクザに身売りされたざくろは、性的行為を強要されていた。
そういった現実から逃れたいと思っていたざくろにとって、宇佐美や亜由美との出会いは単なる偶然の巡り合わせとは解釈できずに、奇跡じみたものだと解釈した。

また、音無との会話

あなたが(私を災いだと)いうのなら、きっとそうなのでしょう

といった会話も音無の冗談であると思えば合点がいくような……。

End後にCGが一瞬だけ表示されるが、これがとてつもなく怖い。

ED4:主体者Ⅳ 横山やす子

Endではウルっときました。

物事を客観的にみる方。
琴美に対する愛で信者の振りをしており、輪姦や凌辱やらで滅茶苦茶になっていたシーンもあった。
⇒卓司の従順な羊になっていることを示すためであったか?
琴美に対する片思いはもう叶うことはないし、その場所は行人に譲る形になった。

冷徹でありながら暴力も社会にと手は必要悪なのではないかと思っていた。
琴美と会う日までは。

予言は受け取った人が、どう解釈するかによって変わる。受け取った人が形にする力があれば現実となり、それが卓司なのだという。卓司を見たときからやす子の脳内に紛れ込んでくる電波少女”リルル”。
初めはうすぼんやりとしていたが、だんだんとその姿がハッキリと見えるようになった。
それを見れば、リルルの感染や意志の伝播が凄まじく、このままでは世界中の人がそれに飲まれてしまうと危惧した彼女は、せめて琴美だけは救いたいと願い、、、、。

「愛は最高のエゴだ。最高の自分勝手な想いだからこそ愛には価値があるんだよ」

愛はエゴだ。
エゴを押し付けて何が悪いのか。
生まれてくる人も祝福するのは、「世界がどうなろうと、この子だけは幸せになってほしい」と願ったからではないか。

また、人は欠陥品であるからこそ、人を愛し、そこには道理的なものは存在しない。道理ですべてを解決しようとする間宮は絶対に愛を知らない。
⇒愛は道理では進むものではないから。

トムリドル(ヴォルデモート)的なヤツ?ちと古いか?w

ED5:主体者Ⅴ 間宮卓司

事実が奇妙にねじ曲がりはじめる。

小沢は、田荘組の奴隷として名を馳せていたざくろに手を出したからだし、ざくろの死も他校の生徒にけしかけるように亡くなったが、信じたいものを人は信じ、それが事実かどうかの吟味はしない。
虚像と真理の間には今の世の中、いろんなメディアで主張される。炎上騒動や、陰謀論など。
その陰謀論が真実だったり、何がなんやら分からないカオス状態を生きている。

二次元空間では壁に見えるが三次元空間では一つの線にしか見えない。同様に、三次元では壁に見えているものが、もっと高次元の立場で見ると、もっと違ったものの見方ができるわけか。

ニーチェの『ツァラトゥストラはこう言った』序説の最後の行でも同じようなことが書かれていたっけなぁ……。

生きるとは、生きることであり、それ以上のことでも以下ではない。
生への祝福と呪い。自分を愛し、赦すこと。
絶望そのもの、そして幸福を生きるための価値とするな。

という言葉が気に入っている。

存在はランダムなものとして、あらゆる場所に転生する。
なんとも、不思議な気持ちになった。

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